AIアートが操作する集合的記憶?ナラティブ形成とアーティストの社会的責任
AIアート技術の急速な発展は、私たちの視覚表現の可能性を飛躍的に拡大しました。画像生成、動画生成、そしてさらには過去の出来事を再構築するようなコンテンツまで、高度なビジュアル表現がかつてないほど容易に、かつ大量に生み出されています。この技術革新は、単に新しいアートの形式を生み出すだけでなく、私たちの社会がどのように情報を受け止め、共有し、そして記憶していくかという根源的な側面に深く関与する可能性を秘めています。
特に懸念されるのは、AIアートが社会的な「ナラティブ(物語)」や「集合的記憶」の形成、あるいは意図的な操作に利用されうるという点です。本稿では、AIアートがこれらの概念にどのような影響を与えうるのか、そして表現者としてのアーティストは、この新たな力に対してどのような社会的責任を負うべきかについて考察します。
ナラティブと集合的記憶:社会形成の基盤
ナラティブとは、出来事や情報を特定の文脈や意図のもとに配列し、意味付けを与えることで、受け手の中で理解や共感を生み出す物語構造を指します。社会におけるナラティブは、人々の価値観、信念、集団的アイデンティティの形成に深く関わります。政治、歴史、文化、あるいは個人的な経験に至るまで、私たちはナラティブを通じて世界を理解し、他者と繋がります。
一方、集合的記憶(collective memory)とは、社会集団が共有する過去の出来事や経験に関する記憶や認識を指します。これは個々人の記憶の単なる寄せ集めではなく、集団のアイデンティティや規範を維持するために、社会的に構築され、再構築されていくダイナミックなプロセスです。歴史書、記念碑、祭り、あるいはメディアを通じて語られる物語などが、集合的記憶の形成や継承に重要な役割を果たします。
AIアートがナラティブと集合的記憶に与えうる影響
AIアートは、その強力なイメージ生成能力と拡散性により、ナラティブや集合的記憶の形成プロセスに大きな影響を与える可能性を持っています。
まず、AIアートは特定のナラティブを視覚的に強調し、感情的なインパクトを持って伝えるための極めて強力なツールとなり得ます。例えば、特定の歴史的出来事について、ある特定の視点や感情を強調するようなイメージを容易に生成し、それを大量に流通させることが可能です。これにより、その特定のナラティブが社会に強く浸透し、集合的記憶の一部として定着する可能性があります。
次に、AIアートは過去の出来事の「再構築」や「改変」を容易にします。ディープフェイク技術の進化と結びつくことで、実際に起こらなかった出来事の映像を作成したり、特定の人物の発言や行動を偽造したりすることが可能になります。これは歴史認識や、現在進行形の出来事に対する集合的な理解を歪める危険性を孕んでいます。例えば、ある政治的な出来事について、特定の勢力に有利な偽の視覚情報をAIアートで生成し、あたかもそれが真実であるかのように拡散させることで、人々の集合的記憶を操作しようとする試みが発生し得ます。
さらに、AIアートは、特定のイメージやシンボルを繰り返し生成・拡散することで、ステレオタイプや偏見を強化するナラティブを形成してしまうリスクも持ちます。学習データに含まれるバイアスが、生成されるイメージに反映され、それが社会に再生産されることで、既存の差別や偏見を無意識のうちに助長する可能性があるのです。
操作の可能性と社会的課題
AIアートによるナラティブや集合的記憶の操作は、社会に深刻な課題を投げかけます。
- 真偽の判断困難化: 高度なAIアートによって生成された偽の視覚情報は、人間の目で真偽を見分けることが極めて難しくなります。これはメディアリテラシーの限界を超え、社会全体として「何が真実か」という共通基盤を失うことにつながりかねません。
- 社会的不信の増大: 偽情報が蔓延することで、人々はメディアや情報源に対する信頼を失い、社会全体の関係性に不信感が募る可能性があります。これは民主主義的なプロセスや公共の議論にも悪影響を与えます。
- 歴史修正主義の助長: 過去の出来事に関する偽の視覚情報が拡散されることで、歴史修正主義的なナラティブが力を持ち、特定の集団や出来事に対する不当な評価や解釈が広まる危険性があります。
アーティストの役割と社会的責任
このような状況において、AIアートを用いる表現者、特にフリーランスのAIアーティストは、自身の創造活動が持つ社会的な力とその責任について深く考える必要があります。
単に技術的なスキルを追求し、魅力的なイメージを生成することに留まらず、その生成物が社会にどのようなナラティブを提示し、どのような集合的記憶の形成に寄与しうるのかを意識することが重要です。
具体的な責任としては、以下のような点が挙げられます。
- 透明性の確保: AIによって生成されたものであることを明確にする、あるいは生成プロセスの一部を開示するなど、自身の作品の「来歴」や「作成方法」について可能な範囲で透明性を確保する努力が求められます。
- 倫理的な配慮: 特定の集団を誹謗中傷するようなイメージ、歴史を歪曲するようなイメージ、あるいは意図的に誤解を招くようなイメージの生成を控えるという倫理的な判断基準を持つことが不可欠です。
- 批判的視点の提示: 社会に流布するナラティブや集合的記憶に対して、AIアートを用いて批判的な視点を提示したり、オルタナティブな物語や記憶の解釈を表現したりすることで、一方的な情報操作に対抗する役割を担うことも考えられます。
- リテラシー向上への貢献: AIアートの可能性と危険性について、自身の活動を通じて社会に啓蒙すること。技術利用者として、その力の正しい理解と利用を促す役割も期待されます。
AIアートは、アーティストに前例のない表現力を与える一方で、社会的なナラティブや集合的記憶に影響を与えうる強力なツールでもあります。この力は、創造的な表現を豊かにするために用いられることもあれば、悪意を持って社会を分断し、真実を歪めるために用いられる可能性も否定できません。
フリーランスのAIアーティストにとって、自身のキャリアと活動指針を考える上で、これらの社会的な側面から目を背けることはできません。自身の作品がどのようなメッセージを社会に送り出し、どのような影響を与えうるのかを常に自問し、技術の進歩と共に倫理観や社会的責任についてもアップデートしていく姿勢が、新しい時代におけるアーティストに求められていると言えるでしょう。技術を使いこなしながらも、その技術が社会とどう関わるかを深く理解し、責任ある表現者としての道を模索していくことが、持続可能な創造活動へと繋がるはずです。